経済的自由のススメ ~そのあと~

経済的自由を得て現役引退したあとの生き方

経済的自由とは何か

自己紹介

(この自己紹介はブログを始めた2016年時点に書いたものです。今は現役引退しています。どのような経緯を辿ったかは追記で書き足しています。)

こんにちは。今村咲です。

25年間アメリカで暮らしたのち、2012年末に日本に戻って来ました。

現在はフリーランスで翻訳業をしています。翻訳業を始めたのは2009年で、それ以前はアメリカの大手企業で10年ほど市場調査やデータ分析などマーケティングの仕事をしていました。

貯蓄はわりとあり、企業勤めしていた頃よりは少ないですが年収もまあまあです。

経済的不安

でも日本に戻って来てから経済的不安を感じるようになりました。

自分が年齢を重ねてきていることや、近い将来に親の介護が始まることが見えてきたこともあるかもしれませんが、日本社会や日本の社会システムに不安を感じているのが大きな理由です。

教育、労働環境、医療、福祉、保険、年金など、どれをとっても「マズイんじゃないの?」としか思えません。実際、貧困が広がり、経済的に余裕がない人が増えている気がするし、変な自己責任論や家族連帯責任論がはびこって精神的な余裕を失ってる人も増えている気がします。

たとえ自分が経済的にも精神的にも大丈夫でも、余裕のない人たちであふれる社会って考えるだけでホラーだし、自分になにかあったとき、周りがみんな余裕のない人じゃ救いがないと思いませんか?

…と言うか、もう結構そんな感じなんじゃないかという気がします。だから変な自己責任論とか家族連帯責任論が出てくるんじゃないか、と。

そして個人的には翻訳業に関しても、2014年に消費税引き上げがあった頃から「もっと安い単価でもっと早い納品」を要求されることが多くなり、文字数のカウントや作業仕様が不利になるやり方で押し通されることも増えてきて、案件の条件が悪化しています。

なので、翻訳の仕事は大好きなのですが、あと何年続けられるのか分からなくなってきています。

個人としてできることは

社会を変えることができれば一番いいのですが、政治に関しては、選挙は責任持って行きますが、それ以上関わることはできそうもありません。いろんな意味で。理由は割愛。

自分が働いている業界をより良くするための活動なども率先してやりたいと思えません。

ただ、困っている人を助けるとか何か個人レベルでできることはあるかもしれないとは思っています。何かいいアイデアが浮かんだらやりたいです。

なんにせよ、とりあえずここで自分がやっておくべきなのは、経済的自由を得ることだと考えました。自分に何かあったとき……というリスクを最小化して、常に助ける立場でいられるようになることがまず最初だろうと。

経済的自由とは

一般的には、経済的自由とは「働かなくても生活できること」とか「お金の制限を受けずに好きなことができること」と定義されています。

使い切れないほどの資産が既にある状態何もしなくても必要なお金が入ってくる状態ですね。

ただ、あたしは解雇される心配がない状態、または、されても他で雇用を見つけられる状態で好きなことをして必要な収入を得ているのも経済的自由だと思っています。

人間、起きているときはどうせ何かしているものです。

なので「一方的に打ち切られないと分かっている状態で好きなことをしていれば生活できるくらい稼げる」というのであれば、働いていてもそれは経済的自由だと思います。

これはちょっと共感しにくい考えかもしれません。

企業でバリバリ働いていたときにそんなことを言われていたら、あたしも鼻で笑っていたと思います。

でもひょんなことからフリーで翻訳をやるようになり、楽しくて楽しくて「これ死ぬまでやってもいいかも…」と思ったとき「あれ、もしホントに好きなことするだけで生活できる状態が死ぬまで続くなら老後のための貯金なんて要らないんじゃない?」と目からうろこが落ちました。

実際、企業勤めで今よりずっと稼いでいたときにはどれだけ昇給されても足りなく感じていたのに、フリーになって好きなことをやり始めた途端、以前より少ない収入でも足りていると感じるようになりました。

逆に、あのままずっと好きではない企業勤めをしていたら、たとえ昇進してもっと稼ぐようになっていても、きっと足りないと感じ続けていたと思います。

 

つまり、好きなことをして生活できる状態を続けることができるなら、経済的自由に必要な金額は万が一病気や怪我で働けなくなった場合の保険があればいい程度になる、ということです。

一方、やりたくないことを収入源にしている場合は、辞められるくらい貯蓄できるまではいくら稼いでも経済的自由を感じられない、ということです。

 

だから人に雇われず、好きなことをして生活できる状態があたしの目指す経済的自由です。

このブログの目的

このブログの第一の目的は、書くことで自分の考えをまとめることです。

具体的には、以下の2つを目指していろいろ調べたり考えたりしていくつもりです。

  1. 日本の社会システムに頼る必要がなく、親の面倒を見ることになっても共倒れしないレベルまで自分の経済力を底上げすること
  2. 翻訳を続けられなくなった場合のことを考えて、他にやりたいことを見つけていつでもそちらにシフトできるようすること

結果的に進歩を綴ることになればいいなと思っています。

そして第二の目的は、経済的自由にはこういう形もあるし実践してる人もいるということを発信して、やり方や考え方をシェアすることです。

そして誰かに参考にしてもらったり、同じようなことを目指している人と知り合ったり、アドバイスをもらったりするきっかけになったら嬉しいなと思います。

では、今後ともよろしくお願いします。

追記その1

こんな記事も書きましたのでよかったら読んで下さい。 

www.saki-imamura.com

www.saki-imamura.com

追記その2

ブログを始めた当初は「好きなことをしているだけで生活できるし、仕事ができなくなった場合の保険としての資産もあるが、仕事がなくなる可能性や仕事をやりたくなくなる可能性はあるかもしれない」という緩い経済的自由の状態でした。

でもそれが「ニッチを極めたら簡単に仕事がなくなる可能性がかなり低くなり、保険としての資産も十分になってきた」というレベルの経済的自由になり、

なんだかんだで2018年現在は「もう労働所得がなくても資産をきちんと運用していけば普通のレベルの生活はできる」という経済的自由まで達成しました。

仕事は相変わらず好きなので、請ける案件を激しく選り好みして量を減らしながらも続けている状態です。

今後はお金の使い方なども考えていきたいと思っています。

追記その3

もう働かなくても一生食べていけるという状態であるにもかかわらず、ダラダラ仕事を続けていましたが、やっぱり辞めて次の人生を模索すべきだと思ったので、2019年5月に正式に現役引退しました。

心境はこちらにまとめています。

www.saki-imamura.com

「好きなことをして一生楽しく稼ぐから、保険になるレベルの資産さえあれば安泰」という経済的自由から「働かなくてもいいけど、楽しいから緩く働き続けるという経済的事由」に移行し、そこから「資産運用だけで生活できる状況を生かした生き方を模索する経済的自由」に進化した、ということです。

模索の結果どこに向かうのか、どこにたどり着くのか、それはこれからのお楽しみです。