お久しぶりです、今村です。
正直、もうこっちのブログは毎年「自分との約束」書くだけかなぁと思ってました。
でも、今朝トルコのインフレのニュースを見て
5月時点でトルコのインフレ前年比+73%ですって。食品価格は前年比+91.6%。トルコのErdogan大統領は、急速な経済成長によるインフレがあるにもかかわらず何年も金利を引き下げる政策を取っており、反対の声をあげる関係者は解雇していたそう。https://t.co/yWNUjt7Jmi
— 今村咲 (@saki_imamura) 2022年6月3日
ブラジルのハイパーインフレーションからレアルが誕生した話を思い出して、あれ面白かったからちょっと書いておこうかなと思い、書いています。
この話はかなり前にこの↓NPRの「Planet Money」というポッドキャストで聞いたんですが、
少し背景なんかも足してまとめようと思います。
ポッドキャスト自体も22分とそれほど長くなくて面白いので、英語を勉強したい人はぜひ聞いてみてください。この記事を読んで概要を頭に入れてから聞いたら、わりと頭に入ってくるんじゃないかと思います。
単なる雑学と言えば単なる雑学ですが、お金という概念や大衆心理なんかについても考えさせられるものがあって興味深いので、時間がある人は読んでいってください。忙しい人は読まなくても全然大丈夫な内容です。
ブラジルの現行通貨「レアル」
レアルは、もともとインフレーションに対する政策「レアルプラン」の一環として1994年にブラジルで導入された通貨です。
それ以前は、クルゼイロがインフレに対応してデノミネーションされるごとに「クルゼイロ」→「クルゼイロ・ノヴォ」→「クルザード」→「クルザード・ノヴォ」→「クルゼイロ」→「クルゼイロ・レアル」と名称変更される形で使われていました。
最終的にクルゼイロ・レアルが現在のレアルになり、今に至ります。
ブラジルのハイパーインフレーション
ブラジルのインフレは、1950年代にブラジル政府がブラジリアに新しく首都建設しようとした際に、資金繰りのために通貨を大増刷したことで始まりました。この後ブラジルは何度もインフレ対策に失敗し、インフレは結局50年ほど続いたのですが、1990年の1~3月にはハイパーインフレーション*1状態にまで陥りました。
一番ひどい月のインフレは80%以上でした。
今日100円のものが1ヶ月で倍近くの180円になってしまうという計算です。また、貯金は1ヶ月で価値が以前の半分近くまで下がってしまう計算で、お給料はもらった瞬間から何もしなくてもどんどん価値が下がっていってしまうわけですから、恐怖です。
しかも、1ヶ月で80%というような数字は振り返るから計算できるだけで、ハイパーインフレの真っ只中にいるときは、今後どのくらいのスピードで進むのか誰にもわかりません。
消費者側も大変ですが、商売をする側も大変で、ドルの為替レートや競合の値札を参考にしたり同業者同士で話し合ったりするしか値段を決める手立てがなく、毎日の値札の貼り替えも大変な作業だったそう。
実際、店では値札の貼り替えようとするスタッフを走って追い越して客が値札が貼り替えられる前の商品を手に入れるとか、貼り替えた値札を剥がして前の値札の価格を払おうとする客に対抗して店が値段をプリントする機器を導入するとか、いろいろな競争があったようです。
この辺の話はポッドキャストのインタビューでされてて面白いので、ポッドキャストを聞いてみてください。
失敗したブラジルのインフレ対策
50年の間にブラジルは数々のインフレ対策を行い、ことごとく失敗したわけですが、ポッドキャストでは後期の2つを紹介しています。
1つ目は、1985年に行われたサルネイ大統領の政策です。
彼は、ビジネスが価格を引き上げることでインフレになるなら価格引き上げを違法としようという考えのもと、物価凍結を行いました。
今聞いても「マジですか?」としか思えない政策ですが、当時の国民もそれでインフレが収まるとは思わなかったようです。そんな政策が長く続くわけがない、いつか物価凍結は解除される、価格が上昇してから売った方が良い、という考えから商品販売を一時停止する業者が続出し、消費者は何も買えなくなりました。
2つ目は、1990年に行われたコロール大統領の政策です。
彼はまず、政府がお金を刷り続けているのがインフレの根本的な問題なのだから、そこを直せばいずれインフレは収まるだろうと考え、通貨発行量を控えました。でも、1990年当時の銀行は、預金に2,000%以上の利子(!)を払っていたため、インフレは止まりませんでした。
そこで彼は、それならばと銀行口座凍結を行いました。銀行残高の2割しか引き出せなくなるようにして、国民の資産の8割を没収したのです。
これによりブラジルはハイパーインフレーションからは脱却しましたが、経済も急落しました。コロール大統領は弾劾され、新しい大統領と財務大臣が就任し、インフレは戻りました。
成功したブラジルのインフレ対策
ここで登場したのが4人のエコノミストです。
ポッドキャストの中ではエドマー・バシャとアンドレ・ララの名前しか出てこなくて、あとの2人の名前はわかりませんが、4人はリオデジャネイロの教皇庁カトリック大学で教鞭をとっていた仲間でした。新しく就任した財務大臣が、自分には経済の知識がないからとエドマー・バシャに助けを求めたのでした。
何十年もブラジルの経済とインフレを研究していた4人は、通貨発行量を控えなければならないのと同時に、通貨に対する国民の信頼を取り戻さなければならないと考えていました。そして、現状価値がないとしか見えない通貨に価値があると国民に再度思わせるためには、安定していて信頼できる新しい通貨が必要だと提案しました。
しかもなんとバーチャル通貨。
Unidade Real de Valor(unit of real value=本当の価値の単位)というドルに連動したバーチャル通貨で、略してURVと呼ばれるものです。こうしてインフレを収束させるためのPlano Real(レアルプラン)が始まったのでした。
この政策により、実際の支払いにはクルゼイロをそのまま使用しつつも、給与、税金、商品価格など、すべての価値の表示はURVで行うことになりました。そして政府はURVの価値を固定させたまま、1URVが何クルゼイロになるか公式為替レートを毎日発表しました。
例えば、牛乳の価格が1URVだとすると「今日のレートは1URV=7クルゼイロだから支払いは7クルゼイロね」という感じで売買が行われます。何クルゼイロかはその日のレートで変わりますが、URVは安定しているので牛乳の価格は1URVのままになるわけです。そして給与もURV計算で受け取るようになった人々は、物の価値は安定しているという印象を持つようになります。
ウソみたいな話ですが、本当です。笑
4人のエコノミストたちは、これをしばらく続けることでブラジル社会全体で実際に価格の統一化と安定化が進むように仕向けました。同時に、政府の財政も立て直させて、通貨発行量も削減させました。
そして、価格の安定化が十分になり政府の財政も回復してきた1994年に、彼らはついにバーチャル通貨のURVを現物通貨のレアルに移行させ、クルゼイロを廃止するようゴーサインを出します。この時点ですでに全てをURVで計算するようになっていた国民にとって、1ドル=1URV=1レアルを受け入れるのは簡単でした。
レアル計画の結果
こうして、当初はIMFも疑っていたレアルプランは成功しました。
1994年後半から1995年にはブラジルの経済は回復し始め、レアルのドルに対する価値も上昇しました。産業は拡大し、国民の生活は安定化に向かい、4人のエコノミストたちを雇った財務大臣のフェルナンド・カルドーゾは大統領に2回当選しました。
ただ、インフレの恩恵を受けてお金でお金を稼いでいただけの人たちはしっぺ返しをくらう形になったようです。お金でお金を稼ぐことができなくなり、何かを生産販売し、効率化によって稼ぐという形に戻らざるを得なくなったからです。笑
まとめ
なかなか興味深い話だと思いませんでしたか?
まず「インフレに歯止めをかけるためには、根本的な問題を解決すると同時に人々の認識も変えなくてはならなかった」という点がなるほど~と興味深いです。
そして「心理トリックみたいな形で人々の認識を変えることができた」という点がそれを上回る興味深さです。
お金というものは本質的には共有された概念でしかない、大衆がどう認識しているかで価値は決まる、というのが本当によくわかります。
株式投資でも市場心理的な要因はあるので、そういう視点からも面白い。
投資家としては、このような概念を共有してハマってしまうのではなく、俯瞰するという姿勢が大事なんでしょうね。
*1:1ヶ月に50%以上価格上昇する状態をハイパーインフレーションと言います。