経済的自由のススメ ~そのあと~

経済的自由を得て現役引退したあとの生き方

今村が朝のツイートをやめる理由

こんにちは~、今村です。

突然ですが、毎朝行っていた【今日の言葉】とアメリカのニュースのツイートを今年いっぱいで終了することにしました。

今村がツイッターを始めたのは2016年の春なので7年近く、【今日の言葉】は2018年1月1日に始めたので2022年末で5年続けた計算になります。

用事があったり旅行に行ったりするときはしれっと休んでいたので、毎日休まずツイートしていたわけではありませんが、まあよく続けたなぁと我ながら思います。自分を褒めたいです。

でも、It's time to move on(次に行くときがきた)と思うので、朝のツイートはやめることにします。ツイッターに費やす時間そのものも減らすつもりです。

アカウント自体はとりあえず残しておきます。何かあったらツイートしたくなっちゃう可能性はあるかもしれないので。

……ということで、今日はこの辺の決断についての説明を書いておきます。

情報と知識についての話から人生のクオリティや教養と知性の話に発展するので、「今村が朝のツイートをやめる理由なんて興味ないわ」という人も、できればちょっと読んでいってください。

毎朝ツイートしていた理由

と、その前に、そもそもなぜ今村が今まで毎朝ツイートしていたのかにも触れておきます。

アメリカ株を含め株式投資が日本でもっと広まって欲しかった

ここにも書きましたが、このブログとツイッターを始めた当初は、自分の経済的自由だけでなく、日本人と日本社会の経済的状況にも不安を感じていました*1。今はNISAやiDecoもありますが、当時はそんなものもなく、株式投資をする人自体も少なく、アメリカ株に投資している人もとても少ない状態だったので、もっとみんなにアメリカ株投資を知ってもらいたいと思っていました。これがそもそもツイッターを始めた理由です。

ただ、その後は、証券会社が次々とアメリカ株の取り扱いを開始し、手取り足取りアメリカ株投資や資産運用のやり方を教えるブログ、YouTube、ツイッターアカウントも増加し、NISAやiDecoなども登場し、情報源はいくらでもある状態になったので、「ツイートする意味ないかなぁ」とかなり前から思っていました。

【今日の言葉】が好評だった

もともと【今日の言葉】を始めた理由は、ここにも書いたとおり、毎朝みんなに「今日も頑張ってね!」的なことをツイートしたかったからです。ただ、それじゃウザいだろう、そういう意味では今村の言葉じゃなくて著名人の言葉の方が良かろう、と思ったので【今日の言葉】という形になりました。

そしたら予想外に好評で、「楽しみにしてます」と言ってくれる人が出てきて、今に至っています。

何かあったときにリプしてくれる人たちがいた

今村は、普段はあんまり私生活についてなんでもいちいちツイートしないほうですが、何かあって誰かに「大丈夫だよ」と言ってもらいたいときはツイートしていました。そして、実際にたくさんの人に励ましやアドバイスを貰っていました。

これは、フォロワーさんたちが一定数いたから受けることができた恩恵なんだと思います。誰も聞いていないところでつぶやいても励ましが来る確率は少ないと思うので。

そして、少ないながらも一定数のフォロワーさんたちがいたのは、毎日情報を流していたからなんだと思います。そういう意味では、感謝の気持ちから毎朝ツイートしている部分もありました。

今村をフォローしてくれる理由に心が動いた

実はこのアンケートをしたとき、もう朝のツイートはやめようかなと迷っていました。

そして「決まった時間にニュースが流れてくるから」か「複数のニュース要約を比べたいから」のどちらかがトップだったら潔くやめようと思っていました。

でも「ピックアップするニュースが他の人と違う」「切り口が良い」「独自のコメントが良い」「人柄が良さそう」などの理由を挙げてもらって、じゃあもう少しやろうかという気持ちになりました。

今もリプを読み返すとちょっと心がぐらつきます。こういう視点で見てくれていた人には感謝しかないです。

その他

  • どうせ毎朝ニュースに目を通すから
  • ずっと日英翻訳を専門にしていた自分にとって英日翻訳は勉強になるから
  • ビジネス観戦が趣味と言って良いレベルになっていたから

などもありますが、この辺はツイートしようと思った理由というより、まあやめなくてもいいかと自分を納得させる理由だったという感じです。

実際に毎日ニュースに目を通す必要性は感じていないし、日本語の勉強がしたければもっと日本語でいろいろなものを読む方が効率的だし、ビジネス観戦も他にあるやりたいことを押しのけてまで優先したいかと言われると、正直それほどでもないです。好きは好きですが。

情報と知識の違い

……ということで、「もともとツイートを始めた理由はもうなくて、今までも何回もやめようかと思っていたけれど、なんだかんだで続けていた」というのが現状だったんですが、ここ数ヶ月の間に、なんとなく前から感じていたやめるべき理由が自分の中で明確化してきました。

「浅くてたいして為にならない情報を収集する時間を減らし、教養や知性を育てるために知識を得る時間を増やしたい」です。

具体的に言うと「ツイッターをする時間を本を読む時間に充てたい」になります。

ここにも書いたとおり、今村は2年ほど前から時間の使い方やインプットのクオリティを改善する取り組みをはじめました。そしてここに書いたとおり、受け身だった時間の使い方やインプットの仕方を積極的なものにシフトさせ、意図を持って情報や知識を求めるようになりました。今年はそれが発展して日本の歴史や文化、身体の仕組みなどを学び始めました。

そして、これが高じて、来年はとうとうツイッターをする時間もこのような優先順位付けの中でふるい落とすことにしたわけです。

情報はシャワーのようなものです。

ザーッとたくさん浴びると気持ちがいいし、何かわかったような気がして脳の報酬系刺激が簡単に得られます。でも、大半は断片的で結局流れていってしまいます。

毎日浴びているからこそ感覚的に流れやトレンドがわかってくることはあるかもしれません。でも、特にツイッターのような情報源は、どうでもいいものがたくさん混じっていることが多いので*2、細かいことばかりに目がいって大きな流れを見失いそうになることや、気が散って他のことがおろそかになることも多いです。また、断片的情報が人生という観点での大きな理解につながることはあまりありません。

一方、知識は入浴のようなものです。

じっと浸かっているとシャワーとは違うレベルの気持ちの良さがあります。またそれはじんわり身体に浸透してきて、自分の中で様々なものが促進されしたりもします。

即効性のようなものはあまりないので、脳に対する報酬系刺激も少ないです。また、今の時代は、まとめ記事を斜め読みしたり、まとめ動画を倍速で観たりして済ませてしまうのが普通なので、じっくり腰を据えて行わなくてはならないものはすべて面倒と捉えられがちです。

でも、自分の中に知識が蓄積されて思考や視点に変化がでてくると、毎日の生活で見えたり気づいたりすることが増えてきます。じっくり考えることで人間としても成長でき、人生のクオリティがあがります。

この違いについて、今村は以前からある程度理解していたつもりでした。

でも、ここ数年で「知識を得て人や物を理解すればするほど、そこから眺める世界の解像度が上がる」というのが、実際にどういうことなのかがわかるようになり、解像度を上げて見た世界がどれほど凄くて面白いのかも少しずつ見えるようになってきてからは、

人生100年としたら自分の人生はもう半分以下しか残っていないのに

  • 情報のシャワーばかり浴びている
  • たまに知識のお風呂にも入るが、ゆっくり浸かっていない

なんてあり得ないわー!と思うようになりました。

情報にはたいした価値がないと言いたいわけではありません。価値がある情報もたくさんあります。

でも、情報に価値を見出したり情報の価値を最大活用するうえで必要になってくるのは、結局のところ情報を受取る側の「うつわ」だったりします。そして、そのうつわを作るのは情報ではなく、知識から得られる教養や知性なのです。

人生のクオリティを上げる対症療法的・原因療法的アプローチの違い

でも、人生のクオリティを上げるという点では他にもっと簡単な方法があるのでは?と思うかもしれません。

実際、「経済的自由を確保して生活の心配をしなくていい人生にしたい」「人間関係を改善して対人ストレスがない人生にしたい」など、まずは経済的・社会的な面からアプローチするのが普通でしょう。

あとは、時間の使い方やお金の使い方のようなアプローチもありますよね。「仕事や家事の効率化・時短化をして家族との時間を増やそう」とか「節約して自分の趣味にはお金をかけよう」とか。

でも、これらは対症療法的だと言えます。対症療法がダメなわけではありませんが、効果的にやるためには、やはり原因療法的に根本も見て、基盤の健全性を担保するのが前提になります。「そもそも時間の割り振りがおかしい場合、時短に力を注いでも仕方がない」みたいな話です。

また、人生には様々なクオリティの側面がありますが、どの側面を検討すべきなのか、その中でどこに伸びしろがあってどこを優先するべきなのか、どう対応すれば良い結果になるのか、そして人生のステージごとに優先順位が変わったり新しい側面が出てきた時はどうするのかなど、自分なりの価値観や世界観がある程度確立していないとうまく判断できないことも多くあります。基盤がないと難しいわけです。

そういう意味で、教養や知性を上げて自分の価値観や世界観を豊かにしていくアプローチは、それ自体が大変なのは確かですが、個々の側面に対応するうえで不可欠です。

それに、知識や知性が上がれば、人生のクオリティを全体的に底上げすることにもつながります。自分の周りの世界をより深く理解できるようになれば、目の前に広がる世界が驚きと喜びに満ちたカラフルで面白いものになってくるからです。理解が及ばず興味もわかない白黒のつまらない世界を見ているより、人生のクオリティは格段高くなります。

何かを見たとき、それの何が凄いのかがわかるのは知識があるからです。そして、前に見たものや他の知識につなげて興味深い点を発見できるのは教養があるからです。

教養と知性を上げていく方法

では、具体的にどうやって知識を得て教養や知性をレベルアップしていけば良いのか?

大学の一般教養を参考にする

一番最初に考えつくのは、まさにそういう目的で作られている(はず)の大学の一般教養でしょうか。今は卒業後の仕事で直接的に必要となる科目が重視される傾向があるようですし、若い頃というのは往々にして一般教養の真価を理解できるほど人間ができていないことが多いので、現役大学生がどう思っているのかはわかりませんが、大学で得られるタイプの一般教養は体系的・効率的ですし、やはり基本ではないかと思います。

とは言え、大人になってから大学に戻って勉強するはなかなか難しいかもしれません。その場合、少なくとも、バランスの取れた教養とは何かを考えて勉強したい分野や教材を選ぶ参考にしたいものです。

個人的には、自分に今特に足りていないのは哲学、宗教学、文学あたりだとと思っています。実際何かを見聞きしているときに、この辺の知識がもっとあったらもっと理解できただろうなぁと思うことがよくあります。

本物に触れる

理系の教養にはちょっと当てはまらないかもしれませんが、文系の教養に関しては「本物」に触れるのも良いやり方の1つです。ここで言う「本物」とは

  • 名著、名画、名作、名曲など、時代を越えて世界的に一流と認められているもの
  • 名所、建築物、遺跡、遺物など、有名な歴史、事象、人に関連しているもの

を指します。

本物に触れると、そこに至った歴史、思想、文化などが学べるだけでなく、そこから派生した歴史、思想、文化なども見えてきて世界が広がります。人類の傑作と言えるものに触れて圧倒されるというのは素晴らしい体験であり、教養の基礎になります。

個人的には名著が全然足りてないですね…。

自分の興味や関心を掘り下げる

自分の興味や関心に従って知識を掘り下げていくのも良い方法です。

このブログでも何度も書いていますが、「好き」を原動力にするととても大きな効果が生まれ、人生のクオリティを上げることができます。興味や関心はこれ系です。

例えば、ここ1、2年の今村の興味は日本史、日本地理、免疫学、分子栄養学などです。これらは海外に行けず国内旅行をたくさんするようになったことや、自分の身体の衰えを感じていることから生じた興味や関心ですが、「知識を得る ⇒ すぐにその知識が役に立つ ⇒ もっと知識が欲しくなる」というサイクルが簡単にできあがり、今とても楽しいです。人生は実験と発見の宝庫だなぁとしみじみ感じます。

今後は、宗教や文学も日本史や地理の延長のような感じで勉強しようと思っています。

あえて知らない・興味がない分野に関心を持つ

逆に、全然知らないことや興味がないことから何か選んでそこを掘り下げていくのも悪くない方法です。自分にとっての未知のものを知れば、視野は必然的に広がります。

例えば、今村は長年アメリカに住んでいたのに聖書を読んだことがありませんでした*3。でも最近読んでみて、あれはああいうことだったのかとか、こういうものを信仰していたらああなるのはわかるなとか、いろいろしみじみ思うことがありました。

ここ1、2年の興味になっている日本史や日本地理も、日本に戻ってきたときは全然興味がありませんでした。海外に行けずになりゆきで国内旅行に目を向けたので興味がわいたわけですが、最初から「さほど興味はないけれどせっかく住んでいるんだから…」的に目を向けていたら、もっと前から勉強できていたかもしれません。

知らない・関係ない・興味がないという理由だけでスルーしているともったいないものが世の中にはたくさんあります。

まとめ

……ということで、朝のツイートをやめる理由を説明するついでに、人生における教養や知性の意義についても説明してみました。

今回、やめたいからというより、落ち着いて本を読む時間を増やしたいからという理由で朝のツイートをやめるわけですが、これは数年前に好きでやっていた翻訳業を辞めてリタイアしたときと似ているなぁと感じています。

あのときも心はずっと前から「やめて次へ行け」と言っていたのに、気持ちがなかなかついて行かなかったんですよね。でも、最終的には心に従い、結果として新しい世界が広がりました。だから、今回もきっとそうなるんだろうと思っています。

人生って不思議で面白いものですね。

なんにせよ、朝のツイートは2022年12月31日まできちんとやります。

最後までよろしくお願いします。

 

P.S.

今村が伝えたいことがもっと上手くまとまってるのはこの本です。

P.S.その2

この記事を書いたあと、これに関する良書を見つけたのでもう1つ記事を書きました。こっちもぜひ読んで下さい。

www.saki-imamura.com

 

*1:衰退する日本に対する懸念は今も感じています…

*2:ちなみに、フォロワーさんたちとのたわいない会話とかは「情報」じゃなくて「人とのコミュニケーション」なので、どうでもいいとは思ってないです。あれは別の種類の価値があると思ってます。

*3:諸事情あって意図的に避けてました。