経済的自由のススメ ~そのあと~

経済的自由を得て現役引退したあとの生き方

教養を深めるべきもっと切羽詰まった理由

こんにちは~、今村です。

少し前に、教養と知性を上げていくことで人生のクオリティを上げるという話をしましたが、

www.saki-imamura.com

これに関連した良書を見つけました。↓↓

で、これホントにみんなに読んで欲しい、特に若い現役世代の人に読んで欲しいと思ったので、概要と読むべき理由を書いておこうと思います。あと、まあどうでもいいと言えばどうでもいいんですが、これを読んだあと今村が考えたこともいくつか書いておきます。

お正月休みに読むのも悪くないと思いますよ!

概要

視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話は、NewsPicksによって2021年9月~12月に配信されたポッドキャスト「a scope」をまとめた本です。配信ではカットされていた内容も盛り込んで大幅加筆して作ったそうです。

newspicks.com

今村は本もポッドキャストも両方チェックしましたが、本はさすが大幅加筆したと言うだけあって、ポッドキャストより構成的に良くまとまっています。また、ポッドキャストでは冗長だった部分もカットされてスッキリしているし、ブツブツ切れていないので、全体を理解するにはポッドキャストを全部聴くより手っ取り早いと思います。

とは言え、ポッドキャストも悪くないです。冗長な部分も裏を返せば噛み砕いた説明と言えるし、当たり前ですが、会話は音声で聴いた方が臨場感があって面白いです。ただ、ブツブツ途切れた状態で聴くと思考の糸が切れやすくなるので、なるべくまとめて一気に聴くのがオススメです。

この本、そしてもとになったポッドキャストは

  • 教養=リベラルアーツである
  • 働き方や生き方が多様化し社会の価値観も変化し続ける現代では、個人が主体的に生きることが求められる
  • 自分と社会の関係性を見定め、どのような価値観で生きたいのか主体的に考えるのに必要なのは教養、つまりリベラルアーツ
  • リベラルアーツを学ぶことで世界を見るための様々な視点が得られる

という趣旨で、物理学、文化人類学、仏教学、歴史学、宗教学、教育学、脳科学の7つの分野の学者にインタビューし、リベラルアーツの幅広さを感じつつもそれぞれの独特な視点を学ぶ、という形式になっています。

おすすめする理由

なんだかんだ言っても今村はリタイアした人なので、少し前に書いた教養と知性の記事は「時間的に余裕ができた人間が、もっと解像度を上げて世の中を見ていく試み」という感じになってしまっていた気がします。決して時間に余裕がある人限定の話ではなかったんですが、「教養があって解像度が高くなれば見るものが全部面白くなって人生のクオリティも上がると言われても、本を読む暇なんてないんだよねー」と思った人もいたんじゃないかと思います。

でも、視点という教養(リベラルアーツ)は、

  • 生き方や価値観がこれほど自由になったのは有史以来初めて
  • 決まった生き方や価値観がない中で個人が自分で模索しなくてはならないのが生きづらさに繋がっている
  • 生き方や価値観が多様化した世の中では、お互いが違う視点を理解し合えないとやっていけない

など、現代社会人の目線で、より具体的・より切羽詰まった教養のニーズを示してくれています。今村はあまりそういう目線で考えていませんでしたが、言われてみたら確かにそうだと思いました。

教養によって様々な視点やその思考法を得れば、違う価値観に遭遇しても理解可能で対応がストレスではなくなりますし、困難に直面しても見える選択肢が多いので絶望しなくて済みます。自分の思考OSがフレキシブルであれば、人生もフレキシブルに生きられます。

またこの本(とポッドキャスト)では「これほど自由に生きられるようになったのだから、好奇心を持って主体的に生きていかないともったいない」とも述べています。これは今村の「人生の解像度を上げたら楽しいのにそれをしない人生なんて考えられない」という意見に似てますね。

なんにせよ、この辺をわかりやすく説明し、7つの学問を通して具体例に触れることができるのがこの本です。これがおすすめの理由です。

ちなみに、7つの分野の学者の方たちの話自体もめちゃくちゃ面白いです。教養云々という話抜きで、ただ単に面白い読み物としても十分おすすめできます。

今村の感想:教養とは

ちゃんと書こうとすると大変なことになりそうなので、箇条書きに肉付けした程度で思ったことをいくつか簡単に列挙しておきます。(ネタバレにならないように思考を飛ばして書いてるので、本の内容とはほとんど被ってません。本は本で読んでね。)

新しいキーワードを拾っていく行為

今回、この本を読んでたくさん新しいキーワードを拾ったんだけど、教養とは「新しいキーワードを拾う→そこから新しい知見を得る→またそこで次のキーワードを拾う」ということの繰り返しなのではないかと思う。

昔は、映画「マトリックス」みたいに知識や能力を一気にアップロードできたらいいのにともどかしく思ってたけど、キーワードという小さなヒントをもとにほんの少しずつ世界に対する理解を教養的に深めていく行為は、とても「人間としてまっとう」という感じがするし、精神的にも良い気がする。世界の表面を繰り返し高速でスキャンしているような情報過多状況は、やはり精神衛生上あまりよろしくないと思う。

概念を言語化するもの

世の中にはいろいろな考えや見方があるけど、そのような様々な概念の理解という意味で、人はざっくり以下の3つのグループにわけられると思う。

  1. その概念自体を全く意識していない人
  2. その概念自体は知っているが、それがどういうことなのかわかっていない人
  3. その概念を言語化し実践・応用できるレベルでわかっている人

3まで行かないと個人の人生のレベルアップは難しいし、3の人が増えないと社会もレベルアップしない。

教養とは、事象や観点を言語化することで抽象的な概念を具体化するところがポイントなのではないか。言語化→具体化があって初めて、理解→実践→応用と進むのではないか。

形而上の世界を思考するうえで必要なもの

いわゆる形而上の世界については、言語化による具体化が難しくて教養としては学びにくい。場合によっては、教養というか中途半端な知識が、形而上の世界の理解を阻むことも多々ある。

でも、形而上の世界に意識を向け、自分なりの理解を得て世界観を構築していくには、やはりベースとなる教養が必要なのではと改めて思った。

無意識のうちに自然と形而上の世界を理解し、実践に落とし込めている人も存在するだろうと思うけど、現代を生きていると、やはり人生のどこかの時点でそれらのことを意識し、考えることになる気がする。そして、何かを考える時、人はツールとしての言葉や概念を必要とする。豊富な語彙や様々な概念の理解なしでは、豊かな思考はほぼ不可能なのではないか。人は自分の言語化力以上の思考はできない。

何かを理解するベースを作る行為

例えば、量子力学の観察者効果を理解している人は、仏教の唯識論も理解しやすいのではないかと思うんだけど、このように何か新しい概念を学ぶとき、それまでに得た体験や知識を参照して「ああ、ああいうことをこう言うんだな」とか「つまり◯◯みたいなことか」などと考えられる人は、理解がとても早くなる。逆に、事例や対比として参照できる体験や知識が自分の中にない人は、一から理解するしかないので時間がかかる。

この「つまりこういうことかな」と参照できる持ち札はあればあるほど有利。「一を聞いて十を知る」という言葉があるけど、一を聞いていくつ知ることができるかは、持ち札の数(とそのクオリティ)に比例するはず。たぶん指数関数的(数学ベースの理解)または複利効果的(投資ベースの理解)に。

人生を豊かにするゲーム

「持ち札を増やす」という考え方で取り組んだら、教養をゲーム化できて楽しくなりそう。ポーカーみたいに教養カードを揃えていくと、人生の様々な局面に対応する策が増えていくイメージ。どういうハンドを作ってもいいし、ハンドの種類自体も無限だし、もちろん5枚じゃなくてもいい。

まとめ

なんかまだ書こうと思えばいろいろ出てくるような気もしますが、今回は視点という教養(リベラルアーツ)をぜひ読んでみてね!という話で、今村が何を考えたかはポイントではないので、この辺でやめておきます。

今村は今まで以上に世界に対して好奇心を持って2023年を迎えようと思います。

みんなも、ぜひ。